【リタイア後のライフスタイル】高齢者の自慢話は広い心で許容してあげよう

リタイア後は会社の同僚と会話する場が失われ、たまに人と話をする機会があると、ついつい過去の自慢話が多くなってしまう方が多いのではないでしょうか? しかし、他人の自慢話を聞かされる側はあまり気乗りしないものです。そこで本記事では、「高齢者の自慢話は許されるのか?」ということについて考えてみたいと思います。

相手の背景を理解すれば、高齢者の自慢話を認めてあげてもよいかも

最近、65歳以降も働くべきか、それとも完全にリタイアすべきか、考えることが多くなりました。そのため、「定年後」や「老後」をテーマにした本を読むことが多くなってきました。そんな或る日、私の価値観を否定する本に出合ったのでご紹介します。

それは、幻冬舎の『65歳 何もしない勇気』という本です。「65歳」というところに惹かれて、つい手に取ってみました。内容としては、65歳を過ぎて「高齢者」になったら、「もう、○○しなくていい!」をテーマにしたエッセイです。

例えば、「65歳になったら、我慢して他人に従わなくていい」とか、「高い目標は避けていい、逃げるが勝ち」や「完璧を求めず、ほどほどでいい」などです。なるほど、そうかもしれません。これらの提言は、腑に落ちますね。生活のために我慢して嫌な人に従う必要はもうないな、と同感できるところがあります。

ところが、読み進めると「高齢者は自慢していい」というところで、「え!」ということになりました。自慢することは周りの人を不快にするから一般的に良くないことだ、と教えられてきました。実際、私自身も人生の先輩の方々から自慢されて辟易とした経験が沢山あります。

この本によると、高齢者が自慢することをたしなめないほうが良いということです。理由は、こうです。

高齢者にとって、過去に自分がしてきたことは自分のアイデンティティーであり、これから為すことが余り残されていない高齢者にとっては、「過去がすべて」なのです。「昔は元気で、ものすごく活躍していたのだ!」と自慢するのは、ごく自然な感情である、というのです。

筆者の体験によると、父親に自慢話を辞めるように諭したことで、親御さんはすっかり元気を無くされてしまったそうです。そう聞くと、気の毒に思います。高齢者がかつての輝かしい時代について話したいという自然な感情を禁じることは良くないのではないか、というものです。

これを読んで、自分も高齢者の自慢話をできるだけ許容することにしようと、考え方が変わりました。自慢話する人を受け入れる器が少しだけ広がったかもしれません。

自分は自慢話をしないようにと思っています。でも、歳をとってボケてくると皆さん自慢話をするようになってしまうのでしょうか。話すことと言えば昔の経験、それも良かった経験しか覚えていませんからね。


ここまで読んでいただき、どうも有難うございました。

是非、また、当ブログを読んでいただきますよう、よろしくお願いします。

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